無意味な受験勉強をしていませんか?

多くの受験生にとって、

勉強は手段であって目標ではありません

では目標は何?

それは志望校に合格することですよね!

合格さえすれば万事OK ‼というわけではありませんが、

自分が学びたい学問を究めていくためには

合格しないことにははじまりません

がんばっているのに点数がついてこないなぁ

と思っている人は

いま一度自分の勉強方法を見直してみるのもよいのではないでしょうか?

 

元偏差値35の東大生が教える「残念な勉強法」

「なぜか身につかない」を改善する3つのコツ

ちょっとした工夫で劇的に改善します
「勉強しているはずなのに、成績が上がらない」「どれだけ本を読んでも身につかない」
受験生に限らず、勉強熱心なビジネスパーソンでも、このような悩みを抱えている方は多いのではないでしょうか。
「かつての僕は、まさにそうでした」。2浪、偏差値35という崖っぷちから1年で奇跡の東大合格を果たした西岡壱誠氏は、自らの経験を振り返って言います。「でも、ちょっとした工夫で、劇的に改善したんです」
教科書、参考書だけでなく、あらゆる本の読み方を根本から変えた結果たどり着いた、「知識を増やすだけでなく『地頭力』も高められる」「速く読めて、内容も忘れず、かつ応用できる」という読書法を、新刊『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書』にまとめた西岡氏に、多くの人が陥っている「残念な勉強法」とその改善策を解説してもらいました。
『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書』は発売4日で3万部のベストセラーとなっている(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

みなさんはこんなふうに思い悩んだ経験、ありませんか?

「一生懸命暗記したのに、なぜかテストだと点が取れない」「こんなに頑張ってるのに、ぜんぜん成績が上がらない」

僕の人生は、ずーーーっとこればっかりでした。

一生懸命勉強しているはずなのに偏差値35の学年ビリ。どの科目よりも英語に時間を割いているはずなのに、英語のテストの成績は3点(120点満点中)。あげく東大を目指して1日10時間勉強していたのに、2年間成績がまったく上がりませんでした

「いったいどうして成績が上がらないのか?」

僕は誰よりも、そう思い悩みました。しかし、「自分の勉強に欠けていること」に気がついて、勉強法を「3つの観点」から一新した結果、偏差値が1年で35も急上昇、東大にもなんとか合格することができたのです。

今日は、そんな僕自身がかつてやっていた「残念な勉強の3つの特徴」をお話しさせてください。

「白紙に再現」できなければ知らないのと同じ

僕はいま、アルバイトで家庭教師をしているのですが、「成績が上がらない」という生徒にこういう質問を投げかけています。

「じゃあ、今日勉強したことを、何も見ないで具体的にこの白い紙に書いてみて?」

そうすると、約半数の生徒が、ほとんど何も書けない。暗記した単語、勉強した事項、いろいろあるはずなのに、全然書けないのです。

もちろん、彼ら彼女らは勉強していなかったわけではありません。でも、いざ真っ白い紙に「勉強したこと」を再現しようとしても、できない場合が多い。僕もかつては、これとまったく同じ状況でした。

「残念な勉強」の1つ目の特徴はこれです。「勉強した内容を再現できないこと」

当たり前ですが、ほとんどの試験はノートを持ち込むことはできません。いくら勉強しても、勉強した内容が自分の知識として定着していない場合、すなわち「白紙に再現」できない場合、0点になってしまいます。やってもやっても上がらない、まさに残念な勉強になってしまうのです。

この解決策は簡単です。毎晩自分で、「今日勉強したことを真っ白い紙に再現できるか」を確認すればいいんです。

今日習ったこと、勉強したことを、何も見ないで再現できるかを自分で試すのです。わからなかったところ、あやふやなところも合わせて「マルティン・ルターは1517年に『なんとかかんとかの論題』を書いた」「本能寺の変があったのは、たしか1580年くらい」と書く。そのうえで、ノートや参考書を見ながら赤字でチェックする。「マルティン・ルターが書いたのは『95か条の論題』だ!」「本能寺の変があったのは1582年だ!」。

こうやって再現できるかどうかをチェックすれば、自分が覚えきれていなかった事項を客観的に理解できるようになります。さらに「白い紙に再現しなきゃならない」と考えていれば、勉強しているときも「再現できるように」勉強する習慣がつく

「真っ白い紙に再現する」というアウトプットのお陰で、インプットの質も上がるのです。

「ゴールを意識」しなければほとんど徒労に終わる

さて、では逆に先ほどの質問で「再現できる」生徒が成績で悩まないかというと、そんなこともありません。むしろ、そういう学生ほど、ドツボにハマってしまっていることが多いのです。かつての僕も含め、こういった学生の多くは勤勉で、言われたことをしっかり勉強して復習もするいい子たちです。でも、なかなか勉強量と成績が比例しない。

では、いったいなぜ成績が上がらないのか? それは、「ゴールの見えていない暗記をしている」からです。

たとえば、英単語帳をしっかり再現できるようになったとします。「agreeの意味は?」と聞かれて「同意する」と即答できるようになっているとします。しかしそういう生徒に、「じゃあ前置詞withやonとくっついて熟語になり、『合致』などの意味もある英単語は?」と聞いても「???」と答えられないことが多い。答えは先ほどと同じく「agree」なのに、答えられないのです。

当たり前の話ですが、TOEICでもTOEFLでも、英検でも大学入試でも、「この単語の意味を答えなさい」という問題は出題されません。でも、長文の中にある英単語を知らないと問題が解けないから、ちょっと捻って単語の知識を問う問題が出題されるから、または英作文問題でその単語を書く必要があるかもしれないから、英単語を覚えるのです。

しかし、そういうことをまったく考えず、「agree=同意する」とただただ丸暗記をしているだけでは、その知識をほかに活かせません。どんなagreeも「同意する」だと思ってしまう(ちなみにagreeには「一致・合致」という意味もあり、そう訳したほうが点が取れることもあります)。agreeが答えになるちょっと捻った問題を解くことができない。

つまりは、丸暗記することに必死で、「ゴールを考えていない」「どういうふうにアウトプットすれば点が取れるのかを考えていない」のです。だから、必死になればなるほど、成績が上がらなくなる。まさに「残念な勉強」です。

これは英語だけでなく、どんな教科にもあてはまります。数学の問題で公式を覚えたとして、どうその公式を使えばいいかわからなければ意味がありません。東大や慶應の世界史の問題は、答えとなる単語自体はとても初歩的なのに、問題文がとても難しいから非常に解き難い、という性質を持っています。

再現できるように暗記したとしても、最終的なゴールが見えていなければ意味がないのです。

だから僕は、目標としている東大入試の問題をよく確認することから始めました。「どういう場でアウトプットするために暗記しているのか」を明確した結果、暗記の効率が上がり、成績が上がり始めました。

「自分の頭で考えない」のは寝ているのと同じ

さて、僕は2浪の末、この2つの「残念な勉強」をなんとか修正することができたわけですが、まだ東大に合格するだけの学力を身につけるにはいたりませんでした。

なぜかというと、以前「東大の入試問題は難しすぎると思う人の盲点」でもご紹介したとおり、東大の入試問題は「知識量」よりも「考える力」が必要とされているからです。

偏差値の高い中高一貫校に通っていたような生粋の東大生なら、最初から「考える力」をもっているのかもしれません。でも僕は偏差値35だった落ちこぼれ。どうやったら1年間で東大生並みの「考える力」を身につけられるのか――思い悩んだ僕は、ひとつの結論に達しました。

「よし、『考える力』が必要だというなら、勉強している間、ずっと考え続けてやる

それまでの僕は、教科書や参考書に書いてあることを鵜呑みにしていました。たとえば「12世紀ルネサンス」という言葉が出てきたら、「そうか、12世紀にもルネサンスのような文化の発展があったんだな」と、そのまま覚えようとするだけでした。

でも、これは「考えている」ことにはなりませんよね? だから僕は、次のように考えるようにしたのです。

「なんで14世紀に始まったのが『ルネサンス』で、12世紀が『12世紀ルネサンス』なんだ? 普通、逆じゃないのか?」

「なんで11世紀でも13世紀でもなく、12世紀に始まったんだ?」

こういった疑問は、答えにたどり着けることもあれば、どこにも答えが書いてないこともあります。でも、たとえ答えが見つからなくても、「自分なりの仮説」を立てたのです。僕はこれを、すべての教科に取り入れました

効果は絶大でした。2年間まったく伸びなかった成績がウソのように急上昇、模試では偏差値70を叩き出し、僕は無事に東大生になることができたのです。

「残念な勉強」の特徴とその改善策、わかっていただけましたか?

「再現できるかを確認する」「アウトプットを想定する」「つねに考える」。この3つは、受験勉強はもちろんですが、それ以外の勉強にも応用できると思います。実際、東大の期末試験においてもこのやり方はとても有効でした。

東大生はみんな、この「3つの勉強法」をやっていた

最後に、僕が東大に入った後のエピソードをご紹介します。

東大でできた友人と話していたとき。僕は自分がたどり着いた「3つの勉強法」を話しました。「偏差値を1年で35も上げた、すごいやり方なんだぜ」。そんな自慢したいような気持ちもあったかもしれません。ですが、この話を聞いた友人は少し驚いた顔でこう言いました。

「え、それフツーじゃない?」

僕が2浪の末にたどりついたやり方は、東大生にとっては「フツー」のことだったようです。彼は受験勉強だけではなく、普段の読書や大学の授業でも、同じようにしているとのこと。その後、多くの東大生に聞いて回ったのですが、ほどんどの人が「当たり前」にやっていることでした。

それを知ったときはいっきに力が抜けましたが、裏を返せばこのやり方が間違いではなかったということ。僕も普段の読書や勉強で、このやり方を貫いています。

 

 

 

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