ゴロあわせで覚えよう!江戸時代の年代暗記

イチローさん(1603)、あれが江戸の家康公。

1603年。徳川家康(とくがわ いえやす)、江戸に幕府を開く。

 

ヒーロー、以後(1615)出ぬ、武家諸法度。

1615年、武家諸法度(ぶけしょはっと)。
武家諸法度を出し、大名の勝手な結婚や城の改築などを禁止した。

一路、みご(1635)とに参勤交代。

1635年。参勤交代(さんきんこうたい)
大名が1年ごとに江戸に住む、参勤交代を定める。
大名の経済力を弱め、反抗を防ぐのが狙い。

 

一路、皆(1637)、島原へ。

1637年。島原(しまばら)の乱
天草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)を頭に農民たちがキリスト教の弾圧と重税に反抗。

 

登録、サンキュー(1639)、中国、オランダ。

1639年。鎖国(さこく)の開始。
ポルトガル船、来航禁止。
以後、中国、オランダと長崎でのみんび貿易が限られる。

 

広く、よく(1649)知れ、慶安のお触書。

1649年、慶安のお触書(けいあんのおふれがき)。
3代将軍、家光(いえみつ)は、年貢を確実に納めさせる目的で農民の生活を細々と規制。

 

いーな、いろ(1716)っぽい、競歩(享保)選手・・・。

1716年。享保の改革(きょうほうのかいかく)。
8代将軍、吉宗(よしむね)は、財政再建の為の新田開発、年貢引き上げや庶民の意見を聞く為の目安箱の設置、公正な裁判の為の公事方御定目書(くじがたおさだめがき)など大改革に乗り出す。

 

インナー、花(1787)柄、どんな感性?松平。

1787年。寛政の改革(かんせいのかいかく)。
松平定信(まつだいら さだのぶ)が老中になり、賄賂政治を改め、幕府政治の改革に乗り出す。

 

いやん、みな(1837)いで、大塩平八郎。

1837年。大塩平八郎(おおしお へいはちろう)の乱。
大塩平八郎は、天保の大飢饉の際、町奉行に救済を願ったが聞き入れられず、大阪で乱をおこす。

 

いやしい(1841)店舗(天保)は即、解散。

1841年。天保の改革(てんぽうのかいかく)
老中、水野忠邦(みずのただくに)は、株仲間の解散(物価引下げ) や人返し令(農民の出稼ぎ禁止)などに努めるが、幕府本位で厳しすぎると2年で失敗。

 

嫌、ゴミ(1853)だらけ・・・。ペリー来航。

1853年。ペリーの黒船来航。
アメリカの提督ペリーが浦賀に来航、開国を迫る。

一夜越し(1854)の日米和親条約。

1854年。 日米和親条約(にちべいわしんじょうやく)。
ペリーが再度来航して条約が結ばれる。下田、函館の2港が開港され、下田にアメリカの領事が置かれる。総領事にハリスが着任。

 

いやこわ(1858)い、鎖国やぶれて通商条約。

1858年。日米修交通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)。
ハリスと大老、井伊直弼(いい なおすけ)の間で調印。函館、新潟、長崎、兵庫、神奈川の5港を開港、
日本に不利な不平等条約であった。

 

1藩じゃ、無理、無理(1866)、薩長連合。

1866年。薩長連合(さっちょうれんごう)成立。
坂本竜馬(さかもとりょうま)の仲介で薩摩藩の西郷隆盛(さいごうたかもり)と長州藩の桂小五郎(かつらこごろう)が幕府を倒すために同盟を組む。

 

いや、むな(1867)しい、大政奉還。

1867年。大政奉還(たいせいほうかん)
15代将軍、徳川慶喜(よしのぶ)は、薩摩、長州による倒幕計画を知り、政権を朝廷に返す。これにより、江戸幕府はついに終わりを告げる。

出典「歴史年代ゴロあわせ暗記」

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