教育とは「ぶつかり合い」である



 

子どもに「ありがとう」と言いましよう。

親から「ありがとう」という言葉をかけられた経験の無い子どもは、

感謝の気持 ちが理解できません。

「オマエ、感謝しろ」と、親がいくら言ってもダメです。

 

子どもは成長の過程で、

程度の差こそあれ、

大人のマネをしようとするものです。

小学校低学年の子どもが、

テレビなどで聞きかじった、

難しい言葉づかいをまねたりするのも、

成長のひとつの現れです。

 

そして子どものもっとも身近にいる大人が親。

子どもは親がやっていることをマネしたいと思いますし、

実際マネします。

何か失敗した時、

素直に「ごめんなさい」と言う親の子どもは、

「ごめんなさい」がキチンと言える子に育ちます。

 

親が

「養ってもらっているのだから、子どもは親に感謝すべきだ。

親の方が子どもに謝る必要など全くない」

と思っているなら、

子どもの方は

「親は子どもを養うのが当然だ。

なぜ感謝する必要があるのか」

と考えるようになります。

 

「育てられてやっている」

という気持ちが生まれ、

感謝するという発想その ものが無くなってしまうのです。

 

それに対して、

育てることで親は勉強させてもらっているのだという、

大きな感謝の気持ち を持つ時、

子どもは親の愛情を感じ、

その庇護に感謝する気持ちを持つようになります。

 

言葉にはしなくても、私たちの心の持ち方は

確実に子どもへと伝播するのです。

 

子どもは生まれて初めて、

子どもの役割をしています。

親も同様です。

 

親も子どもを持つことで、

初めて「親」であること を経験しているのです。

何人子どもを育てた経験があっても、

その事情は変わりません。

 

「その子の親」であることは、

親にとっても生まれて初めての体験なのですから。

 

そうした「初心者」同士が、

互いにぶつかり合うのは当然です。

ぶつかり合い、

失敗しながら、

お互いに成長していくのです。

ですから子どもがぶつかってきた時、

親は逃げてはいけません。

 

内心、不安を感じていたとしても、

真っ向から受け止めてあげなければ、

子どもは何も学べなくなってしまうからです。

ぶつかるにはエネルギーが必要です。

 

嫌なこと、

こわいことかもしれません。

 

親として間違ったことを教えて、

失敗したくないという理由で、

つい逃げてしまいたい場合もあるかもしれません。

 

しかし教育は間違うことから始まるのです。

試行錯誤の連続です。

成長にぶつかり合いはつきもの。

子どもがぶつかってきたなら、

失敗を恐れず、

親も素直な気持ちでぶつかっていけば良いのです。

 

教育はぶつかり合いです。

ぶつかり合うことで、

子どもは親 の本気を学び、

親もまた子どもの本気を学びます。

きれいごとを並べるだけで、

人間を教育していくことはできません。

子どもはぶつかり合いを求めています。

精神的に成長して、

大人になろうとしているのです。

親もまた、ぶつかり合いの中から、

成長しようと心がけることが大切なのではないでしようか。

 

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