2020/11/06

勉強、楽しいですか?
学生でも社会人でも、
勉強が好きで好きでたまらない、
なんて人はあんまりいないと思います。
複雑な方程式を解くことや、
選択肢の中から登場人物の心情を選ぶことが
勉強ではありません。
本来、勉強は、楽しいものです。
勉強しなくてもいい!
と言われて喜ぶ人はいるかもしれませんが、
勉強してはいけない!
と言われたら、うれしいですか?
誰でも一度は考えたことがあるかもしれない
「なぜ勉強しなけらばならないのか?」問題について考えます。
「広さ」を知る
そもそも、
「勉強しなければならない」ことなんてありません。
でも、「勉強はした方がいい」のは確かです。
「なぜ勉強なんてしなければならないのだろう?」
そんな疑問を持った人に知っておいてほしいのは、
勉強とはとても「広い」ものなんだということ。
小説の「こころ」を知っていますか?
高校の教科書にも載るくらい有名な、夏目漱石の小説です。
大学生である主人公と親友のK、
そしてヒロインである「お嬢さん」活を描いたこの小説。
高校で読解教材として扱われる以上に、
学者の研究テーマとしても扱われています。
例えば、親友のKが自殺してしまいます。
国語の教材としての一般的な取り扱われ方は、
主人公とKがどのような考え方をし、
どんな心境だったかを考えるというもの。
高校生の時の考えと
大人になってから読み返した時の考えは
大きく異なっていると思います
これは、知識が増えることによって、
それがないときとは異なる視点で
ものをみることができるようになっているためです。
つまり、「知ること」によって、
見える世界が広がることを意味しています。
「近さ」を知る
勉強は机上の空論ではありません。
勉強は私たちの思う以上に「近い」ものなんです。
例えば。レタスとブロッコリー。
見た目も味も触感も全く違うのに
生物学上は全く同じ種に分類されます。
正直驚きですよね。
勉強を続けていくと、
びっくりするくらい近くに学んだ知識が転がっています。
また、電柱と電柱の間に懸かる電線。
山と山をつなげる吊橋。
木と木の間にくっついた一本の蜘蛛の糸。
これらは同じ一つの数学的方程式で表される曲線です。
これらの曲線は、「カテナリー曲線」と呼ばれるもの。
密度が一定のひも状のものを両手に持ってぶらさげれば、
大きさは違えど全て同じ性質をもった曲線になるんです。
身の回りのすべての事象は
先人たちが解き明かしてきた法則の上に成り立っており
その法則を効率的に知ることができるのが勉強です。
そして、世界の法則を知ることができれば、
人生という名のゲームをより楽しく、
より有利にプレイすることが可能になるのです。
ヤバさ」を知る
勉強は極めるとかなり「ヤバい」ということ。
言い換えれば、
この世の中の不都合な真実に行き当たるということです。
有名なのは、やっぱりあれでしょうか。
「シュレーディンガーの猫」。
物理には、「量子力学」という分野があり
量子力学の考え方では、超ミクロな世界では、
粒子はいくつもの状態が重なり合った状態だとされています。
私たちの身の回りの現象では
Aさんが「立っている状態」と
「座っている状態」が重なり合っているなんて
考えられません。
しかし、原子や陽子といった超ミクロな世界では、
それが起こりうるんだとか。
詳しくは以下のような内容です。
1935年、シュレディンガーはドイツ科学誌上で論文『量子力学の現状について』を発表し、射影公準における収縮がどの段階で起きるのかが明確でないことによって引き起こされる矛盾を示した[2]。 一方で、佐藤勝彦は、その中で猫を使った思考実験を用いて、ミクロの世界の特有だという確率解釈の矛盾を突くことで、量子力学が未だ不完全な学問であることを証明しようとしたとしている[3]。実験の内容は以下のとおりである。
猫と放射性元素のある密閉した鋼鉄の箱の中で、放射性元素の1時間あたりの原子崩壊確率を50%とし、ガイガー計数管が原子崩壊を検知すると電気的に猫が殺される仕掛けにすると、1時間経過時点における原子の状態を表す関数は
|原子の状態|=|放射線を放出した|+|放射線を放出していない|
という二つの状態の50%ずつの重ね合わせによって表される。その結果、猫の生死は、
|箱の中の状態|=|(放射線が放出されたので)猫が死んでいる|+|(放射線が放出されていないので)猫は生きている|
という50%ずつの重ね合わせの状態になる。つまり、箱の中では、箱を開けてそれを確認するまで、猫が死んでいる状態と生きている状態の重ね合わせになる。これは量子力学的には全くおかしいことではなく、観測による波束の収縮の結果が相互に排他的で両立し得ない性質を持つ2つの状態の間の選択になっているだけである。もしもこれが現実を記述しているとすれば、「巨視的な観測をする場合には、明確に区別して認識される巨視的な系の諸状態は、観測がされていてもいなくても区別される」という“状態見分けの原理”と矛盾する。シュレーディンガーはこのことをもって、量子力学的記述は未完成であると主張した[1]。 wikipediaより
チョット難解ですが、物理学をきわめて行けば、
こんな議論もできるようになります。
勉強をしていないと、
思考することができません。
物事の真実を見極める力がないので、
思考停止に陥り、
不利な選択をしてしまったり、
悪意のある相手に騙されてしまったりします。
なにも、世界の心理に迫る必要はありませんが、
思考能力が低いと人生においてハンディを背負ってしまうことがあるのです。
勉強がつまらない、
勉強なんてやっても無駄
そう思ってしまうのは実にもったいないことですし、
不幸なことです。
角度を変えて見れば、
いろいろなことがわかるし、
意外な発見があります。
勉強があなたの人生を豊かにしてくれることは間違いありません。

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